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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1381号 判決

控訴人

早野次郎

外三名

右四名訴訟代理人

葉山岳夫

外一名

有限会社新和商会

訴訟承継人被控訴人

株式会社牧原本店

右代表者

牧原宏之

右訴訟代理人

高島謙一

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人草彅友治が被控訴人から金六七三万五、八五七円の支払いを受けるのと引換えに、被控訴人に対し、

(1)  控訴人早野次郎は原判決添付別紙目録第一記載の建物を、

(2)  控訴人草彅友治は同目録第二記載の建物を、

(3)  控訴人芳賀康子は同目録第三記載の建物を、

(4)  控訴人長谷川清は同目録第四記載の建物を、

それぞれ明渡せ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  控訴人草彅は、かねて山二商店の商号で酒類等販売業を営んでいたところ、昭和三五年一〇月訴外李達仁から、金四五万円を弁済期昭和三六年一月三〇日の約束で借受け、その所有にかかる原判決添付の別紙目録第一記載の建物及び請求原因第二項(5)記載の(イ)、(ロ)の物件に抵当権を設定するとともに停止条件付代物弁済契約を締結していたが、右債務を弁済期までに完済することができなかつたため、訴外李達仁は、昭和三六年三月三〇日、代物弁済により右物件の所有権を取得したとしてその旨所有権移転登記を経由してしまつた。

(二)  そこで、控訴人草彅は、訴外李達仁に対し右債務を完済して右物件を受戻す必要に迫られ、そのための金策の斡旋を控訴人早野に依頼した。控訴人早野は、かねて自己の経営する青木商店、及び営業免許は控訴人草彅が有するものの同人の経営が行結つた昭和三六年一二月ころ以降は実質上控訴人早野が控訴人草彅から一切を委されて経営していた山二商店の各取引先であつた被控訴人に対し、右融資方を申し入れ、昭和三六年六月ころから、控訴人草彅、同早野、被控訴人の千葉営業所長谷川信太郎、被控訴人の従業員でかつ被控訴人の不動産部ともいうべき子会社であつた親和商会の取締役でもあつた本間庄治との間で、数回にわたつて交渉がなされるに至つた(なお、控訴人草彅としては、訴外李達仁に対する返済金として金六〇万円余を予定し、控訴人早野に対しても金三〇万円位を都合してやる等の心づもりで金一〇〇万円の借入れを被控訴人に対し申し入れていた。)。

(三)  ところで、当時被控訴人は、昭和三六年七月三一日現在において青木商店に対し金五二万四、七三〇円の、山二商店に対し金一〇八万七、一三〇円の酒類等の売掛代金債権を有していたところ、控訴人草彅に対し右申入れどおりの融資をするについては、これら売掛残代金債権の回収及び担保の確保を図ることを考え、控訴人草彅において右売掛残代金合計金一六一万一、八六〇円につき控訴人早野と連帯して支払いの責に任ずること、被控訴人は山二商店に対して金三〇万円相当の商品をさらに売掛する形式で融資をなすこと、控訴人草彅は自己の受ける融資金と右売掛残代金、及び山二商店の受ける金三〇万円の売掛債務につき、訴外李達仁から受戻す予定の前記物件と原判決添付の別紙目録第二ないし第四記載の建物を譲渡担保として提供し、その旨所有権移転等の登記手続をなすこと等を骨子とする条件を控訴人草彅、同早野らに示し、その結果控訴人草彅、同早野の諒承を得るに至つた。

(四)  こうして、被控訴人は控訴人草李に対し、親和商会をして金一〇〇万円の融資をさせることとし、控訴人草彅、同早野との間に右金一〇〇万円の貸付金につき連帯して毎月金二万円宛分割弁済すること、利息は月一分の割合とすることについて合意をみたうえ、昭和三六年七月三一日千葉市役所構内において、本間庄治、長谷川信太郎、控訴人草彅、同早野、訴外李達仁らが相会した。

(五)  そして本間庄治、長谷川信太郎が用意持参してきた金員のうちから、訴外李達仁の控訴人草彅に対する元利金債権合計金六六万九、五四〇円が訴外李達仁に支払われ、さらに原判決添付の別紙目録第二記載の建物に滞納処分としての差押の登記を経由していた千葉市及び国に対する滞納税金合計金一四万八、九二〇円が控訴人草彅の手を通じて千葉市及び国に支払われ、又同目録第一記載の建物と前記(イ)の物件につき根抵当権を有していた訴外武村産業株式会社に対し金三万九、八二五円が支払われ、その結果右差押登記は昭和三六年八月一日、右根抵当権設定登記は同月六日それぞれ抹消され、右第一記載の建物及び前記(イ)、(ロ)の物件については同月五日訴外李達仁から親和商会に対し直接所有権移転登記が経由され、同目録第二記載の建物については同月四日控訴人草彅から親和商会に対し所有権移転登記が経由され、同目録第三、第四記載の建物(合せて家屋番号三五三番の建物となる)については昭和三六年九月二六日親和商会のため所有権保存登記が経由された。なお、同じく親和商会の貸付金となる金員のうちから、右各登記手続等に要する費用金七万円が支出され、又控訴人草彅に対し雑費として金三万六、七一五円が交付され、結局親和商会は合計金九六万五、〇〇〇円を出捐した。

(六)  それから、右同日、控訴人草彅、同早野、本間庄治、長谷川信太郎らは、親和商会が出捐した右金九六万五、〇〇〇円につき、前記(三)、(四)記載の条件を契約内容とする契約書の作成がため、控訴人長谷川方へ赴き、同所において、本間庄治があらかじめ作成してきたところの請求原因第一項ないし(1)ないし(7)記載の趣旨を内容とする条項の記載された「契約証」と題する書面(甲第一号証の二)を控訴人草彅、同早野らに示し、各自に目を通させたうえ、その署名押印を求め、それぞれその署名押印をなさしめたうえ、さらに控訴人草彅から金九六万五、〇〇〇円の「借用証」(甲第一号証の一)、及び右担保物件の建物につき居住する賃借人に対する賃貸条件等を将来変更しない旨誓約をする内容の「誓約書」(甲第二号証の一)をそれぞれ差入れさせ、控訴人早野からは、原判決添付の別紙目録記載の第一の建物につき、甲第一号証の二の「契約証」に基づく債務不履行により担保目的物件が親和商会の所有に帰した場合には直ちに明渡す旨約した「承諾書」(甲第二号証の二)を差入れさせた。

(七)  なお被控訴人は、前記約束どおり昭和三六年七月三一日以後山二商店に対し商品の売掛をなし、昭和四〇年七月三一日現在金四〇万二、六二八円の売掛残債権を有しており、本件全証拠によるも現在少くとも右売掛残債権が金三〇万円以下に減じている事実は認められない。

以上の各事実が認められ、〈る。〉〈証拠省略〉。

以上認定した事実によれば、控訴人草彅は昭和三六年七月三一日親和商会との間に請求原因第一項(1)、(2)記載の消費貸借契約を締結した(金銭を直接同控訴人に交付するのと同一の経済的利益を同人に与えているから、要物性は満たされている)ものと認められ、かつ控訴人草彅及び同早野と、被控訴人及び親和商会との間に、各関係部分につき同(3)ないし(7)記載の買掛債務負担契約及び譲渡担保契約を締結し、本件担保物件は、親和商会の所有となつたものと認めるのが相当である。なお、山二商店の債務は、当初から控訴人草彅において負担したものであるとはいえないとしても、少くとも同人は、右債務を青木商店の債務とともに連帯保証したものと認められる。

二そこで、以下控訴人らの抗弁につき検討する。

(1)  抗弁第一、第二項の各事実については、〈証拠省略〉これを認めるに足りる証拠もなく、採用しがたい。抗弁第三項についても、〈証拠〉によれば、控訴人草彅は、訴外李達仁に提供していた担保物件を親和商会からの借入金をもつて弁済して受戻し、即時にそれを親和商会に対し譲渡担保として提供し、訴外李達仁から親和商会に対し直接所有権移転登記を経由することは、あらかじめ同控訴人としても同意していたものと認められるから、右抗弁は採用できない。

(2)  次に抗弁第四項について検討する。

請求原因第二項(1)ないし(4)記載の各債務について、控訴人草彅が何ら支払いをしていないこと、及び請求原因第五、第六項の各事実は当事者間に争いがない。

そして、本件譲渡担保契約は、前記認定したところによれば、その受戻し及び清算に関して請求原因第二項(6)、(7)記載の契約内容のとおり定めていたものであるところ、一般に、債務者が弁済期に債務の弁済をしないときは弁済に代えて確定的に担保目的物件の所有権を債権者に帰せしめ、債務者が弁済期に債務の弁済をすれば、担保目的物件は債務者に返還する旨の合意の下に、債権者に対して所有権移転登記を経由する譲渡担保契約においては、債権者は、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合においては、担保目的物件を換価処分し、又はこれを適正に評価して具体化する右物件価額から、自己の債権額を差引き、なお残額があるときは、これに相当する金銭を清算金として債務者に支払うことを要し、この担保目的実現の手段として、債務者に対し右物件の引渡ないし明渡を求める訴を提起した場合に、債務者が右清算金の支払いと引換えにその履行をなすべき旨を主張したときは、特段の事情のある場合を除き 債権者の右請求は、債務者への清算金の支払いと引換えにのみ認容されるべきものと解され(最高裁判所昭和四二年(オ)第一、二七九号昭和四六年三月二五日第一小法廷判決)、一方債務者は、債権者が右物件を適正に評価し清算することによりその所有権を確定的に自己に帰属させる時、又は第三者に換価処分して清算するに至る時までは、自己の債務全額を弁済して右物件の完全な所有権を回復して受戻すことができると解するのが相当である(最高裁判所昭和四六年(オ)第五〇三号昭和四九年一〇月二三日大法廷判決参照)。従つて、本件譲渡担保契約についても、これと同様に、被控訴人において担保目的物件を第三三者に換価処分し、又はこれを適正に評価して具体化する右物件価額から、自己の債権額を差引き、なお残額があるときはこれに相当する金銭を清算金として控訴人草彅に対し支払うことを要し、かつ同控訴人は本件各建物の明渡(引渡)につき清算金との引換給付の抗弁を提出し、他の控訴人らも占有者として右抗弁を援用するのであるから、特段の事情も認められない本件においては(右契約に際し右物件価額を金一〇〇万円と評価し清算する旨合意している点も、当審における鑑定の結果によれば、右契約に基づき被控訴人が右物件の所有権を確定的に取得したと主張する昭和三六年一二月当時において、すでに右物件の価額は金四七七万二、〇〇〇円と評価されるものであつたこと、その後さらに右物件価額は大幅に上昇したと認められることから、特段の事情とはいえないというべきである。)、被控訴人の本件各建物の明渡請求は、右清算金の支払いと引換えにのみ認容されるべきものであり、かつ控訴人草彅は、被控訴人が右物件を適正に評価して清算することにより、その所有権を確定的に自己に帰属させる時、又は第三者に処分して清算するに至る時まで、その所有権を回復すべく受戻権を行使することができるというべきである。

ところで、被控訴人は、昭和三六年一二月六日担保目的物件につき、いわゆる帰属清算の意思表示をしたと主張するが、〈証拠〉も、債務額及び根拠のある適正評価額を明示して、具体的な清算内容を提示したものとはとうてい認めがたいものであるから、いまだ受戻権を失わせるに足りる帰属の効果を生ぜしめず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そこで、控訴人らは、控訴人草彅が昭和五〇年三月一〇日、被控訴人に対し、被控訴人が受領を拒絶することが明らかであつたので、東京法務局に請求原因第一項(1)記載の金九六万五、〇〇〇円の借受金とこれに対する昭和三六年八月一日から昭和五〇年三月一五日までの月一分の割合による利息金一五七万七、七七五円の合計金二五四万二、七七五円を供託し、もつて控訴人草彅の被控訴人に対する債務全額を弁済し、右物件を受戻した旨主張する。しかしながら、被控訴人の被担保債権は、請求原因第一項(1)ないし(4)記載の各債権であること前記認定したところであつて、その元利全額を提供しない以上、有効な弁済供託とはならないから、右主張は理由がなく抗弁第四項の(1)は採用できない。

よつて、爾余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は、控訴人らの各占有建物につき、それぞれその占有権限につき特段の主張立証もなく、他に特段の事情も認められない本件にあつては、抗弁第四項の(2)(金額を除く)のとおり、被控訴人が控訴人草彅に対し、前記清算金の支払いをするのと引換えにのみ認容されるべきものと解される。

そこで、清算金の額について検討する。当審における鑑定の結果によれば、本件担保目的物件全部の評価額は、昭和五二年三月一〇日現在で合計金二、〇八三万六、〇〇〇円であること(右物件につき控訴人らにおいて被控訴人に対抗しうる占有権限の主張立証のない本件にあつては、右物件の評価額は、かかる使用権の付着しないものとしての評価額をいうことになるから、鑑定結果中、使用借権に準ずる権利の価格を控除した点は、採用しない。)が認められ、乙第五号証も右認定を動かさず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。一方、控訴人草彅の債務額は、当審の口頭弁論終結時である昭和五二年四月六日現在で算出すると、元本額は①金九六万五、〇〇〇円、②金一六一万一、八六〇円、③金三〇万円、合計二八七万六、八六〇円であり、これに①に対する昭和三六年八月一日から同年一二月五日まで(弁論の全趣旨によれば、控訴人草彅が同年一二月五日に分割支払いの利益を失い、債務全額を一時に支払わねばならなくなつたことは控訴人らの明らかに争わないところである。)の月一分の割合による利息金四万〇、二八三円を加えた合計金二九一万七、一四三円と、これに対する昭和三六年一二月六日から昭和五二年四月六日まで年二割五分の割合による約定遅延損害金一、一一八万三、〇〇〇円の合計金一、四一〇万〇、一四三円となる。従つて、前記金二、〇八三万六、〇〇〇円からこれを差引いた金六七三万五、八五七円をもつて清算金の額と認める。

もつとも、本件は前記各担保目的物件の一部である本件各建物の明渡請求であるが、本件譲渡担保は右各物件を一括してしたものであり、かつ被控訴人が右各物件につき完全な所有権を取得したと主張する一方、本件請求外の物件につき別途清算を了したことがないことは明らかであるから、控訴人草彅は右担保目的物件全部にわたり同時に清算金の支払いを求めることができると解すべく(民法三九二条一項参照)、しかもこの場合、一挙に清算関係を完了するのを相当とするから、控訴人らは右清算金全額の支払いをもつて本件についての引換給付の抗弁としうると解するのが相当である。なお、本件請求外の物件の引渡関係、従つて被控訴人が請求をしない理由は必ずしも明らかでないが、すでに引渡されているとした場合はもとより、そうでない場合も、被控訴人がみずから請求しない以上、当該物件についての清算金の先払いを強いられる結果になつてもやむをえないと解するほかはない。

よつて、被控訴人が控訴人草彅に対し前記認定の清算金を支払うのと引換えに本訴請求を認容するのが相当である。

三よつて、被控訴人の本訴請求は、被控訴人において、控訴人草彅に対し金六七三万五、八五七円の支払いをするのと引換えに、控訴人らに対し各占有建物の明渡を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小堀勇 奈良次郎 小川克介)

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